1. 駿台TOP
  2. 東京大学への道
  3. 東大教授特別講演会
大学教授特別講演会
須藤 靖教授
■ 夜空を通して世界を知る
夜空に広がる星空の向こうに何があるのか、宇宙に果てはあるのか、宇宙は何からできているのか、地球以外に生命が存在できる星はあるのか…。まるでSFのような話も今、最先端科学によって明らかにされようとしている。科学する心の大切さと現代宇宙論について熱く語られた。
★須藤 靖教授 インタビュー動画            インタビュー動画
須藤 靖教授《経歴》
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。
その後、カリフォルニア大学バークレー校、ミラー基礎科学研究所、茨城大学理学部、広島大学理論物理学研究所、京都大学基礎物理学研究所、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻助教授を経て、2006年より現職。
科学を学ぶ意味
不思議なことを理解する
 まず、一番最初に「科学を学ぶ意味」というところからお話をしたいと思います。
 私は高校時代に物理を勉強していて、なんてつまらないのだろうと思いました。物理が嫌いだったわけではありません。ある現象が、なぜそうなるのかが分からないのに、ただ公式だけを教えられて解いていくことにフラストレーションがたまっていたのです。ですから、少なくとも高校で学ぶ物理は、たとえできなくても、つまらなくても気にする必要はありません。
 今日私がお話するのは、そういうただ公式を覚える勉強ではなくて、本当の科学についてです。その学ぶ意味を私の今やっていることにからめてお話したいと思います。
 科学を何で学ぶかなんて、みなさんは考えたことがないかもしれません。試験でいい成績をとることでしょうか。みなさんは大学入試を控えているので、そのことはとても大切な目的かもしれません。
 しかし、それは最終目標ではありません。大学に入る手段として必要なだけです。
 では、科学を学ぶ目的とは何か。それは「不思議なことの存在に気づく」ことです。
 世の中は不思議なことであふれています。このことに気づくことが非常に大切なことだと思います。世の中は不思議なことだらけであることを理解する。これは科学を学んではじめてわかることです。
 みんなが当たり前だと思っていることでも、もう一度よく自分で考えてみると、実は分からないことがたくさんあるのです。当たり前に思えることでも、まず疑ってみる。そしてよく考えた上で納得できればそれでいいし、理解できなければ、さらに考えて真実を追究する…それが科学的態度というものです。
 それから、これもよく言うのですが、本物と偽物を見極めてほしい。世の中には変な人がたくさんいます。たとえばテレビに出過ぎる有名人、肩書きだけで中身のない人、大学の先生にも変な人はたくさんいます。そんな人にだまされないでほしいのです。有名だからその人は偉くて、言っていることも正しいと考えずに、自分の頭で考えることが大切です。それは何でも疑うのではなくて、健全な懐疑心をもつということです。これは科学的態度であり、決して自然科学だけではなく、文系であろうと何であろうと、こういう科学的価値観と態度を養って欲しいと思うのです。
学問とは「学びて問う」こと
 みなさんもご存知の福沢諭吉が「学問のすすめ」で学ぶことの大切さを説いています。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という有名な言葉がありますが、その先にこう書いてあります。つまり、そうは言っても世の中には賢い人も愚かな人も、貧しい人も豊かな人もいるが、その違いはどこにあるのか。結論を言えば、学ぶか学ばないかで、その差がつくのだと言っているのです。明治と今では確かに時代が違いますが、自分自身を高めるために、学ぶことが大切だという点では現代でも通用する言葉だと思います。
 物理学者であれば誰でも知っている、リチャード・ファインマンがこう言っています。
 「過去から継承されてきた種族としての経験を必ずしも信用せず、もっと直接の新しい経験からそれを調べ直す価値を発見した結果が、科学なのです。」
 つまり、今までの人の結論をそのまま受け入れるのではなくて、自分でもう一度考えてみることが大切で「科学とは専門家の無知を信じること」と言い直すこともできると思います。
 私は高知県出身で、そのことに誇りを持っていますが、その高知県が生んだ大物理学者に寺田寅彦がいます。大正12年に関東大震災が起こりました。寺田寅彦はその前年におこった地震のために断水した経験から次のように書いています。
 断水のような「障害の根を絶つためには、一般の世間が平素から科学知識の水準をずっと高めて偽物と本物とを鑑別する目を肥やしそして本物を尊重し偽物を排斥するような風習を養うのがいちばん近道で有効ではないかと思ってみた」
 今回、私たちは東日本大震災を経験していますが、そのあとにこの文章を読んでみると、いろいろなことを考えさせられるではありませんか。
 ここでもう一つ、私の好きな寺田寅彦の文章を紹介しましょう。
 「眼は、いつでも思った時にすぐ閉じることができるようにできている。しかし、耳の方は、自分では自分を閉じることができないようにできている。」
 そんなことは当たり前だ、何をいまさら言っている、という声が聞こえてきそうですね。ほとんどの人は、当たり前のこのことに対して、どうしてそうなっているのか、理由を考える人はいません。しかし、彼はその直後に「なぜだろう?」と付け加えています。
 これが大切なことなのです。私の考える科学の心にとっては、謎を解明することよりも、新しい謎を発見することのほうが大切なのです。
 みなさんは今、勉強はしていますが、学問はしていないと思います。勉強とは、その言葉からして、つとめはげむことですが、学問とは、学んで問うこと、あるいは問うために学ぶことです。まずは、先ほどの寺田寅彦のようにみんなが当たり前と思っていることに問題を発見して、自分で考えることが大切です。
 この項目の最後に、やはり高知県人の漫画家、やなせたかしの『それいけ!アンパンマン』のオープニングテーマの歌詞をご紹介しましょう。
 「なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのは いやだ!」
 実はこれは私の人生の目標でもあります。やなせたかしは、人生とは何をすることかを一言でまとめています。みなさんはまだ若いので死ぬことなど考えたことがないかもしれませんが、私のように50歳を過ぎてくると、やはり死ぬ前に何を言うか考えています。もしかしたらその答えは出ないかもしれません。いや、おそらく出ないでしょう。しかし、その答えを一生懸命考えることが人生なのです。
 みなさんは、今受験勉強は好きではないかもしれません。しかし、何のために受験をするかというと、もちろん長い人生のためです。決して大学に入ってそれでおしまいではなく、入ってそれから自分の人生の世界を広げるためなのです。受験勉強も、そういうことを踏まえて頑張ってほしいと思います。
夜空ノムコウの世界
その先に何があるか?
 さて、いよいよ私の専門の宇宙についてお話しましょう。
 ハワイのマウナケア山の頂上付近に、日本の国立天文台のすばる望遠鏡があります。もちろん夜空の星を観測するためにあるのですが、天気のいい昼間には真っ青な青空が広がっています。みなさんは青空の果てにはいったい何があるか、疑問をもったことがあるでしょうか。先ほど、世の中には不思議があふれていて、普段当たり前と思えることでも、いったんは疑問をもってみようと言いましたね。
 さて、ここで有名なSF作家であるアイザック・アシモフの『夜来たる』という短編小説をご紹介します。簡単に話の内容を言いますと、そこには6つの太陽があり、夜が訪れないラガッシュという星が舞台です。しかし、2049年周期で太陽が別の惑星によってもたらされた皆既日食によってラガッシュに暗闇が訪れることが分かりました。やがてその日を迎え、人々は初めて夜を経験します。空に見えていたのはたくさんの星、そこで彼らは悟ったのです。青空しか見えていなかったときは、そこが世界の果てで、世界の中心は自分たちだと思っていたのが、星が見えるということは、我々と同じような星が別にあるということ、世界の中心はここではなかった…。物語の最後で主人公がこう叫びます。「我々は何も知らなかった。」
 先ほど、青空の果てには何があるかという話をしましたが、もし我々の地球が昼しかない星だったら、ラガッシュの住民のように、その青空が世界の果てだと考えたかもしれません。しかし、もちろんその先に星があること、宇宙が広がっていることを我々は知っています。しかしみなさんは知識として知っているからそう思うので、実はその認識は驚くべきことなのです。夜があるおかげで我々の世界観がいかに変わったかというのは、まさにこのことです。
 それでは、夜空に見えている星が世界の全てなのでしょうか。そんなことはありませんよね。夜空の写真を撮ると、キラキラ光る星の間に暗い宇宙空間があります。ここは何も見えていない部分ですが、その先があることは容易に想像がつきます。ですからこれはエンドレスで続く疑問なのです。
世界は何からできているか
 世界という意味にはいろいろあるわけですが、ここではおおまかに二つに分けてみましょう。
 一つは、非常に小さな世界。我々から出発して、どんどん小さく分けていけば、とうとう我々を構成する最小単位の存在が見つかるはずです。つまり、物質は何からできているかという微視的世界です。
 みなさんも理科の時間に習っていると思いますが、すべての物質は分子、さらにその分子を構成する原子、さらに原子は原子核からできていて、もっと細かくすると素粒子、つまりクォークとレプトンというものでできているということになっています。しかし、さっきのアシモフの考えでいくと、本当にそれでおしまいなのかという疑問が残りますよね。
 今度は逆に大きな世界を考えてみましょう。宇宙の果てには何があるのか、ということです。我々が今いるのは地球です。地球は太陽系の中にあります。太陽系は天の川銀河の中にあります。さらに、銀河というのは、決して天の川だけではなくて、それ以外のいろいろな銀河が無数あり、さらに集団として銀河団というものを形成しています。それらが全体として宇宙を構成しているわけです。
 しかし宇宙はいったいどこまで広がっているのか、あるいは過去はどうだったのか、宇宙に大きさはあるのか、さらに宇宙を構成している物質は、我々が知っている素粒子、クォークとレプトンと同じものなのかという疑問が湧いてきます。
 実はこの答えは分かっていません。ただ、ここに謎があるというところまでは分かっています。
 世界は何からできているのかについては、大昔からいろいろ考えられてきました。
 古代ギリシャ、アリストテレスの時代には、空気・土・火・水の4つの元素からできていると考えられていました。もう少し詳しく言うと、これらの元素は地上の世界の元素で、天の世界はまったく違う元素、つまり第5の元素、アイテール(エーテル)からできていると考えました。これはおそらく宗教的な考えが関係しているのだと思います。
 それに比べて古代中国では五行説といって、天も地も木・火・土・金・水の5つの元素でできていると考えられていました。これは太陽系の惑星の名前でもあります。これ以外の惑星の名前は誰が名前をつけたのか分かっていますが、これらの5つの惑星は、それが分からないくらい昔から知られていたということです。
 これらの考え方は、素粒子論と同じだと言えます。つまり宇宙が何からできているかという統一した考え方を、古代から人類は持とうとしていたのですね。
宇宙の果てと宇宙の組成
100億年の宇宙の歴史を見る
図1 先ほどから、宇宙の果ての話や宇宙は何からできているかという話をしていますが、実は、両者は密接な関係があります。つまり、宇宙の果てを見るということは、同時に宇宙は何からできているかを知ることでもあるのです。
 アメリカのサンディエゴにパロマー天文台があります。そこに200インチの反射望遠鏡があるのですが、完成した1948年、世界最大を誇るものでした。しかしその後、技術開発により、さらに高性能の望遠鏡が開発され、実はこのパロマー天文台の望遠鏡で最初の観測を行ったエドウィン・ハッブルの名を冠したハッブル宇宙望遠鏡というたいへん優れた望遠鏡まで開発されました。
 この望遠鏡はその名の通り、地上でなく、大気圏外の地上約600km上空の軌道上を周回する望遠鏡です。しかもCCDという特殊な検知器を使っていますから、非常に性能が良く、その画像はパロマー天文台の望遠鏡とは桁違いです。かつては暗くて何も見えなかったところに数え切れないくらいの星(銀河)が見えるのです。(図1参照)これは宇宙のもっと遠くを見えるようになったことと同時に、宇宙のもっと過去が見えるようになったことを意味します。光の速さは有限(1秒に約3×10の8乗メートル)なので、遠いところは、当然昔の宇宙が見えているわけです。我々の太陽ですら、見えているのはおよそ8分半前の姿です。
 この画像の中で割と大きい銀河は比較的近く、およそ10億年前でしょう。小さく見える銀河で100億年くらい前のものだと思います。
 宇宙ができたのは、だいたい137億年前と言われていますが、100億年を超える宇宙の歴史を俯瞰して見ているわけです。これは凄いことで、そのことによって、我々の宇宙の姿が分かってきます。
分かっているのは5%だけ
 さて、ではこの宇宙は何からできているか、言いかえると宇宙の組成を考えてみましょう。
 結論から先に言いますと、「分からない」というのが本当です。それだけではあんまりなので、少し詳しく説明しましょう。
 先ほども言いましたが、古代ギリシャ人は宇宙は地上は4つの元素、そして天上は1つの元素という4+1元素でできていると考えました。そして古代中国人は天も地も5つの元素でできていると考えました。この考え方はある意味、現代の素粒子論と同じだということも述べました。
 現代ではすべてのものは素粒子からできているとされているわけですが、我々の知っているその素粒子の性質を宇宙に当てはめてみると、それで説明できるものは、たかだか5%にすぎないということが分かったのです。残りの95%は、実は何からできているか分かりません。しかも、その分からないものも2種類あって、それぞれ性質が違います。一つは「ダークマター」と呼ばれ、もう一つは「ダークエネルギー」と呼ばれています。" ダーク"というのは暗黒という意味ですが、つまりは" 分からない" ということです。
 ダークマター は「分からない物質」ということです。そしてダークエネルギーは「分からないエネルギー」ということで、実はこの宇宙の70%くらいを占めています。これは決して目に見えませんが、存在するということが天文学で分かっています。
 天文学は、光っているものを見るわけですが。光っているものを見た結果として、光っていないものが大量にあることが分かりました。しかも目に見えないものが少しだけ存在する、というのではなく、目に見えないものがほとんどだったということです。これは非常に面白いことで、しかも宇宙の大きな世界、巨視的な世界、つまり宇宙の果てを探ることによって、これらのことが分かってきたのです。
目に見えないところに世界がある
図2 どうしてこういう結論になったかということをお話するのはかなり難しいのですが、簡単に分かる一例を示してみましょう。
 先ほどのハッブル宇宙望遠鏡が撮った宇宙の別の写真を紹介します。(図2参照)
 この中に光って見えているものは、ほとんど銀河です。これらはもちろん30億年昔の過去しか見えてないわけですが、一つひとつが我々の住んでいる天の川銀河と同じようなものです。ちなみに天の川銀河というのはその中に太陽のような星がおよそ100億個くらいあります。
 さて、注目してほしいのは、写真の中央にオレンジ色に大きく光る天体があって、その周りにある白く光る4つの天体です。これらはクエーサーと呼ばれていて、宇宙の遠方のブラックホールの中にものが落ち込むことによって、非常に明るく光っているものです。中央のオレンジ色に光っている天体は銀河です。しかし、この部分は少し銀河の数が多く、銀河団を形づくっています。
 この4つ見えている白いクエーサーは実は同じ天体なのです。決してみなさんの目がおかしくなったわけではなくて、これは宇宙そのものが光の進路を曲げてしまうことから4つに見えているのです。これを重力レンズといい、アインシュタインの一般相対論が予言したものです。つまり、非常に重い物質があると空間が曲がってしまい、光の進路も曲がってしまうということですね。 蜃気楼が光の屈折で、地上や水上の物体が浮き上がって見えたりするのと同じようなものです。
 そういう効果によって、本来は1個の天体が4つ見えているということは、その天体と観測地点の間にどれだけ大量の物質があるかを教えてくれます。その重力の強さと、光って見えている量を比べてみると、光っていない物質(ダークマター)がどれくらいあるかが分かります。
 先ほどのクエーサーは、我々からだいたい100億光年先にあります。それは1個なのですが、その途中、我々から60億光年くらい先に非常に大質量の銀河団があるので、空間をゆがめ、光が直進できずに引き寄せられる結果、我々には4個の天体として見えているわけです。この場合は4個でしたが、光が途中でどんな複雑な曲がり方をしているかによって、いくつ像が見えるか決まります。
 アインシュタインは1916年に一般相対論を発表しましたが、そのときは、まさか実際に空間がゆがむことが観測されるとは、誰も思っていませんでした。実際に初めて重力レンズ現象が観測されたのは1979年になってからです。しかし、今ではこのようなものは毎日当たり前のように観測されています。
 結論として重要なことは、見えていなくても存在する、ということです。目で見えたものが全ての世界ではなくて、目に見えないところにも世界が存在するのです。別に哲学的な禅問答をしているわけではありません。科学の結論として、目に見えない部分に、我々の知らないものが大量に存在していたということが証明されているわけです。しかも天文学は、このように謎は提起してくれましたが、その正体はまだ分かっていないのです。
宇宙を満たすもの
 もう一つのダークエネルギーとは、さらに奇妙なものです。ダークマターは光っているものの回りに(目には見えないけれど)存在するものでした。しかし、この宇宙には、銀河や星、あるいはダークマターのように群れ集まることなく、一様に分布しているようなものがあるのではないか、という疑問もありえます。
 たとえば部屋の中に空気があります。みなさんは空気の存在なんて気にしたことがないでしょうが、それは空気が一様だからです。見ようとしても簡単には見えません。科学の知識としては知っていますが、空気があるということを見つけるのは実は非常に難しいことなのです。どうしたら分かるかというと、たとえば蜃気楼のように、少しの密度の差というか、ゆらぎがあると空気の存在が分かったりします。しかし均一に分布しているときには、あるかどうか分かりません。
 空気の存在は自明ですが、真空はどうでしょう。空気をどんどんなくしていって何もない状態が真空です。しかし、本当に何もないのでしょうか。真空なのに真空ではないのなら、真空ではないのではないかなんて、もう訳の分からないことを言うことになりますが、物理学的には、ものをなくしてしまったあとにも、実はそこに真空のエネルギーが残るのではないかとされています。つまり、ものが何もなくなっても、そこに仮想的な粒子がどんどんできて、それらによるエネルギーがあるのではないかということです。これは量子力学の話になるので、非常に難しいのですが、実はそういうエネルギーが我々の宇宙を満たしているのかも知れません。
 実は、ダークエネルギーが真空のエネルギーかどうかは分かっていませんが、我々の宇宙が何ものか、そういうエネルギーで満たされていることは事実です。
 地球上でものを上に投げれば下に落ちてきます。これは重力があるからで、ニュートン力学の運動方程式で解くことができます。
 一方、アインシュタインの一般相対論における運動方程式にフリードマン方程式というものがあります。これは宇宙が膨張していることを表す方程式です。ニュートンの方程式とほとんど同じなのですが、ただ、宇宙項と呼ばれる項がついています。我々の宇宙が一様な物質で満たされていると、こういう余分な項が必要になります。
 この式で、重力加速度は絶対に負になります。それは重力は万有引力で、ものとものとは引き合う力をもつからです。しかし、宇宙項があることによって、加速度がプラスになる可能性があるのです。プラスになるということは、反発するわけで、万有引力に対して万有斥力といいます。宇宙は万有斥力によって膨張が加速していると説明することができます。
宇宙の果てと宇宙の組成
太陽系外惑星の可能性
 これまで宇宙の果ての話と、宇宙を構成する物質について話をしてきました。どれも昔なら大学の教授がこんな話をしたら、頭がおかしいと思われそうな内容ですが、今ではそのような議論は当たり前のように話されています。
 さらにもう一つ不思議な話をしましょう。それは、地球以外にも同じように生命が存在できるような星があるかということです。
 まずは太陽系以外の惑星を見つけなければいけません。実は、それはたいへん難しいことで、惑星は光を発しませんから、遠くから見てもなかなか分からないわけで、しかも惑星であることを証明するには、恒星の周りを一周してもう一度観測されなければいけません。我々の太陽系でいえば、木星が一番大きく発見しやすいのですが、木星が太陽の周りを一周するには12年かかります。つまり12年かけないと一つの惑星を発見できないわけです。しかも運が良くてです。
 しかし、それは突然発見されました。1995年にペガスス座51番星の回りの惑星が発見されたからです。なんと4日で恒星の周りを回る惑星でした。こんなに短い周期の惑星があるということが分かったわけですから、我も我もと発見を目指す人が現れ、現在では500個以上の惑星が見つかっています。
 これは本当に世界観を変えたといえるでしょう。今や生物がいる惑星を発見できるかが、SFではなく、真面目に検討できるような時代になりました。実際、今から2年前の2009年3月6日に太陽系外の惑星を探す望遠鏡、ケプラー探査機が打ち上げられました。何百億円とお金をかけて打ち上げるということは、実際そういう惑星が多数存在することが分かったからです。みなさんがこれからこういう研究を始めたとすると、やがて第二の地球を見つけてしまうかもしれません。
受験生のみなさんへ
2011年東大教授講演会 今日お話しした宇宙論は、特に文系のみなさんには、普段思っている物理というイメージと違うかもしれません。しかし、少なくとも私がやっている科学は、決して何か難しい数式を計算するのが目的ではなくて、少し誇張して言えば、「新たな世界観を見つけたい、我々が知らなかった世界がどこにあるか知りたい、そこはどうなっているか知りたい」ためにやっていることで、難しい数式は、その目的を達成する手段でしかありません。
 従来の研究者のイメージは、あることに熱中して他人とのコミュニケーションがとれないとか、本ばかり読んでいるとかいうものかもしれません。しかし、それでは本当の研究者にはなれません。現在は共同研究が主流であり、議論のためのコミュニケーションが非常に重要です。そのためには理系であっても、いや理系だからこそ語学力は必要です。
 もう一度言いますが学問とは学んで問うことです。本ばかり読んで勉強する高校までの勉強とは違い、自ら疑問を発見し、解決する姿勢が大事です。
 そのためには何よりも研究が好きで楽しめることが大前提でしょう。『星の王子様』という作品にこういう文章があります。
 「夜空を埋め尽くす無数の星々のどれかに咲く たった一つの花が好きになれたなら 夜空を見上げるだけで とっても幸せな気持ちになれる 『僕の花がこの夜空のどこかにあるんだ』 と信じられるだけで」
 あなただけの花を、ぜひ見つけてほしいと思います。

このページの先頭へ戻る

 
このウェブサイト上の文章、映像、写真などの著作物の全部、または一部を了承なく複製、使用することを禁じます。
COPYRIGHT © SUNDAI. All RIGHTS RESERVED.